語学六月七曲がり
彼は焦っている。
今日、「SUMMER」と書かれているのを何と読むかという問題に於いて、彼は「スンメル」と読んでしまったのだ。
無論正解は「サマー」である。
自らの間違いにすぐに気付いた彼は耳を赤らめた。そしてそれが、彼ひとりが唯彼ひとりのために行った問答であったことに胸を撫で下ろした。
彼はスペイン語を学んでいる。そして、かれこれ半年ほどは、純粋な英語に触れていない。つまるところ、「スンメル」とは「SUMMER」をスペイン語読みしたときに発せられるであろう音なのである。
彼はなにも、ひとつの単語をたまたまスペイン語読みをしてしまったから焦っているわけではない。彼が懸念しているのは、もともとそれほど高くなかったであろう英語の能力が、まるで滝のように轟々と落ちてどこかに流れていっているのがありありと想像できることである。
英語は、不要な言語ではない。寧ろ日本に於いてはスペイン語よりもよっぽど有用であるという説が根強い。そして彼もそれを知っている。近い将来、彼にとって英語の能力が必要になる場面がくることは想像にたやすい。しかし彼は、何の策も講じない。彼は「今そんなものを学んでいる暇はない」と言っている。「スペイン語が優先だ」とさえ言っている。どさくさに紛れて「歩行者優先だ」とも呟いたようだ。
確かに歩行者優先である。しかし、高速道路に於いては歩行者は排除の対象になる。おじいさんはハイジの大将になる。ならばいつやるのだということだ。
彼は重い腰をまだ上げない。なにか考え事をしているようだ。