カラーゲン

 梅雨入りが宣言され、淀んだ雲が空を覆っている。雨は降っていないが、穏やかな風が湿った空気を運んでいる。彼は今、図書館の前で昼食をとっている。一見すると持参のおにぎりと生協で買ったおかずをただ食べながら一心にレポートを書いている風に見えるが、そうではない。
 彼は、生協で買ったおかずの唐揚げが容器からはみ出さんばかりに盛られていることに感動し、これっぽっちもレポートのことなど考えてはいないのだ。そして彼は、彼女のことを思い出している。
 彼と彼女の関係は、俗に言う「付き合っている」状態であると私は思うのだが、彼はそれを肯定も否定もせず、ただ“共感的他者”と呼ぶ。しかしそんなことは今はどうでもよい。
 その彼女が言うには、唐揚げにはカラーゲンという成分が含まれており、彼女はその成分なしには生きていけないのだそうだ。そのため、彼女は唐揚げをしばらく食べないと体調が悪くなるらしい。そして、いつもにこにこと嬉しそうに、唐揚げを食べる。その行為を、彼女は威厳を込めて「カラーゲンを補給する」と言うらしい。
 彼は、カラーゲンを補給しながら溜まっているレポート課題に思いを巡らせた。彼が今時レポート用紙にレポートを書いているのは、枚数を稼ぐために他ならない。

 

 突然、昼休みの喧騒の向こうから、野太い声が響いてきた。男子学生二人が、何か叫んでいるらしい。「京都盆地〜!」「空の下〜!」断片的に拾えるその言葉は、意味を成さない。難解な本を理解せずにすらすらと読み進めるかのようである。そのうちに、その男子学生たちが少し離れたところにいる集団の中に走っていき、そこから別の二人が走り出てまたさっきの場所へ行った。どうやら体育会系サークルの内輪の余興らしい。入れ代わり立ち代わり、漫才のようなことをやったり歌を歌ったりしている。始めは何事かと立ち止まっていた学生たちも、もうどこかに散らばっていってしまったようだ。
 いつのまにか彼も、次の講義に向けて去っていた。私にも、体育会系の阿呆に付き合っている暇はない。
 彼らよりももっと阿呆な私の一日が進んでいく。