受賞と抜歯

 二週間前、彼が学内のスペイン語単語コンクールに出場して優勝宣言を高らかに、かつ誰にも聞こえないように行ったことは既に衆知の事実である。
 今日、その結果発表があった。そして、なんと彼は見事優勝したのである。
 二週間前、彼が受験後に自信満々で上位入賞の可能性を豪語していたときには、まさか彼に限ってそんなことはないだろうと思い「身の程をわきまえろ」という主旨の言葉も二言三言浴びせ掛けてやったりしたのだが、まさか本当に優勝するなどとは夢にも思っていなかった。私は彼を少し見くびっていたようである。
 午後。発表会場に登場した彼は、少し恥ずかしそうに、そのうえ内心の喜びを隠そうとせず、実にいやらしい表情で表彰状と副賞のiPodシャッフルを受け取ったことだろう。
 

 彼の大学生活に於いて、後にも先にもこの一回きりであろう晴れ姿を、私は見ていない。というのも、彼が彼の人生至上希有な経験を堪能しているちょうどその頃、私は山科の音羽病院で歯を抜かれていたからだ。
 それはそれはもう、悲しい状況であった。歯列矯正のために病んでもいない歯を抜かれるのだ。そして訪れた、悶絶するほどの痛み。しかしここで拒絶すれば、歯並びは治らない。それだけでも充分なほどの試練であるにも関わらず、愛すべき両親は、私に“標準よりも太く、深く、逞しい歯”与えたもうた。そのあまりの逞しさに苦戦を強いられていた医者をさらに驚かせたのは、さらに歯の根元が曲がっていたことである。私の歯は抜かれまいと必死で頑張っていたのだ。しかしそのせいで主人である私は要らぬ苦痛をこれでもかというほど味わった。

 約30分程で上下一本ずつ歯を抜かれ、薬局で処方箋をもらう。さらに分厚いガーゼを噛むことによってだらしなく開いた悲惨な口を隠すためマスクも一緒に購入し、さらになおマスクの間からとめどなく溢れる血の交じった唾液がTシャツに垂れ落ちるのと格闘しながら、ほうほうのていで帰路についた。
 麻酔が効いたままではよだれが溢れ出るのに気付かず、ご飯も食べられない。しかし麻酔が切れれば痛みが襲う。この葛藤に、人類は、人類至上稀に見る混戦を強いられている。はずである。