ねこまた

彼がよく通る道に、いつもおいしそうな匂いが漂う場所がある。


それは紛れも無くかつおぶし”の匂いで、鍋で大量に茹でられているのだろう、とてつもなく温かく、そして優しく、道行く人々を和みの境地へと誘っている。


「きっとあの家には、齢280年になる猫又が住んでいるに違いない。
その猫又は人語を解し、ある日、その家の今から三代前くらいの主人に、
『これから毎日かつおぶしを大量に茹で、それを冷ましたやつを人肌に冷めたご飯にのせ、醤油を少しだけ垂らして私に持ってくるように』とかなんとか命令したに違いない。
そして普段はにゃんごろにゃんごろと一見すると普通の猫のようにしか見えない暮らしを送りつつ、その家の人間に対しては絶対的な権力を持っているのだ。」


彼が長々と自説を語るのを聞きながら、何故猫又の年齢が280歳であるのかが気になって尋ねてみた。
すると彼はごく当然のように「猫はニャーオと鳴くからにな。」と答えた。
そうか。280は「ニャーオ」の語呂合わせか。くだらなさ過ぎる。
ああそうだ。彼の自由奔放な妄想に理屈などないのだ。尋ねること自体が愚かだったのだ。


私は下らぬ質問をした自分自身を戒しながら、でももしも本当に猫又が人間にかつおぶしを毎日茹でさせているなんていうことがあるのならおもしろいなぁと思い、秋の日だまりでかつおぶしの匂いにどっぷりと浸かりながら、にゃんごろにゃんごろと時間を過ごす猫又の姿を想像してふわふわとした心持ちになった。
あのかつおぶしの匂いの正体は何なのだろうか。