急上京

piedra-blanca2009-09-11


朝早く新宿西口に着いた彼は、バスから降りて東京の空気を味わった。


とにかく急な上京で、バスのチケットを取ったのも一日前である。
そしてなんと、母親を伴っての上京である。



目的は、彼の弟の試合観戦。
彼の弟は、アーチェリーという、一歩間違えば人をも殺せるような凶器を用いたマイナーな競技をやっていて、今東京で開かれているインカレに出場しているのだ。
彼が弟の試合を見るのは、弟が高校生だった二年前のインターハイ以来となる。



しかし試合は昼から。
午前中の時間を持て余した彼らは、時間にして約3時間の“新宿散歩”に出かけた。


新宿は彼の母の生まれたところらしい。
だからといって、「彼の母は“新宿の母”と同義か」と問われれば、「違う」と即答する構えはできている。


もちろん誰も問うてはこないが。


彼らは初台を通って幡ヶ谷の辺りへ抜け、祖父の働いてた場所や母の通っていた小学校、生まれた家がかつてあったところや幼稚園、よくおつかいに行った酒屋、プールに通った児童福祉センターや商店街などを感慨深げに見て回った。


まさか母と“母のルーツ”を辿ることになるとはほんの一日前まで考えたこともなかった彼も、人生で一度くらい、こういうことをしてみるのもいいなぁと思いながらだんだんと体力を奪われた。




そのせいだろう。


彼が、弟の試合観戦をしている途中で爆睡してしまったのは。


そもそもアーチェリーというものは、知らない者にとっては一体何が起こっているのか慮り難い競技である。


矢を射ていることはわかるが、それが的のどこに当たっているのか遠くてわからず、それを解消するため双眼鏡でばかり見ていてはいつ誰が射たのかわからず、何点取ったのかわかったとしても果たしてそれが他と比べてどうなのかが全くわからない。


つまり、見ている者にとっては何の面白みもない地味な競技なのだ。

と言ってしまえばそれまでだが、身内贔屓のテンションとなんとなくの雰囲気でそれなりには楽しめる。



しかし。
それも最初だけである。
なんだか射ては取りに行く、という同じことを延々3時間も繰り返すので、やはり素人は飽きてしまう。


かくして、ずぶの素人である彼が観客席に横になって爆睡するという状況に相成ったのである。




そんなふうにアーチェリーに完全に飽きてしまった彼は、目が覚めるとふらふらと競技場を出て、モノレールと山手線を乗り継いで原宿へ行き、forever21で服を買って満足した。


なんとも適当な男である。