忘却の彼方で確実に怒られる

彼が仕事でミスをした。


上司が連休中のことである。


それによって客に迷惑がかかるといった類いのものではないが、彼の上司が最も嫌うタイプのミスであり、彼自身、なぜそんなことをしたのかと自分をぶん殴りたくなるようなミスであった。


その事実を知った瞬間彼の目の前は真っ暗になり、次いで、鬼の形相で彼を罵り、周りにばれないように机の下で足を蹴ってくる上司が脳裏に浮かんだ。



結果として彼は、この日の午後を、ひたすらへこみながら反省して過ごした。


自主的に反省文も書いた(実際今までも何度か書かされている)。
B5の紙にびっしりと、二枚も。


そのときの彼は、それこそ世界の終わりがきたのかと思うほどのへこみ様であった。


しかし、彼の性格の長所でもあり、完全なる弱点とも言えるのが、“すぐ忘れる”という性質である。


一旦は世界の終わりかと思うほど悩みに悩んで、すぐに忘れる。


そのおかげで、夕方にはもうほとんど悩んでいる様子もなく、けろりとして、むしろ開き直ってさえいた。


「そりゃーぼくが悪いけど、でも他の人も確認したのに見落としたし、次長なんか“これでオッケー”の証印まで押したんやからぼくだけが悪いわけじゃない!」



確かにそうである。
責任の所在は三等分されるべきで、むしろ、確認した中で最も高い地位の次長が背負ってしかるべきである。


それでも、彼の上司の連休が明け、そのことを知ったら、最も怒られるのは間違いなく彼である。


あまりにも理不尽ではないか!
今こそ、この怒りを勧善懲悪の矛として立ち上がるべきではないか!


我々がそう憤っている傍らで、彼はもうそんなことなどどうでもよくなって、思考の外に追いやってしまっている。

それでいいのだ。