財布のふゆふゆ

 朝から容赦なく照り付ける太陽。今年の梅雨は雨が続かない。電車に乗る前、私は駅の階段で転びかけたおばあさんを咄嗟に支え、感謝された。少し嬉しくなった。
 平日の朝っぱらにも関わらず、三条には人が多い。
 鴨川の流れは昨日と変わらず速く、濁っている。昨日は、空梅雨の鬱憤を晴らすかのような雨が一日中続いた。鴨川の鴨も、流されては敵わないと川縁の草の繁ったところへ避難して、世間話をしたり背中を掻いたりして一日をやり過ごしていた。
 さて、彼の話である。昨日、彼は昼頃に部屋から抜け出して、京阪電車に乗った。そして例の彼女と共に、丸太町の北にあるスペイン料理“oggi(オッジ)”で昼食をとった。そこは町屋のように奥に長い造りで、一階はBAR、二階がレストランになっている。雰囲気もよい。ランチは1000円でスープ、前菜、パスタ、ドリンクがセットになっていて、財布の中身に一抹どころではない不安が残る彼にも優しい。味も気分も文句なしに良く、「わざわざランチのある安いスペイン料理屋探した甲斐があったなぁ」と、彼は自分の選択が功を奏したことを褒めたたえた。
 その後、彼は三条から寺町、新京極を通り、四条河原町、烏丸間を往復してぶらぶらと過ごした。その間、彼女は老舗の雰囲気を醸し出した安さが売りの服屋で1000円の下駄を、山口県に本社を置くこれまた安さが売りの有名洋服チェーン店で5足1000円の靴下を、手芸店で1メートル120円くらいの紐を2mほど買ってふくふくしていたが、なにぶん財布の中身に自信のない彼は黄色い薬局で安売りの歯ブラシを買うのにとどめ、それでも同じようにふくふくと雨の四条を歩き回っていた。
 そんな昨日の彼とは対照的に、三条での用を終えた今日の私は、蒸し暑い三条大橋を俯き加減でうつうつと東へ渡る。今や私の財布の中身は、彼のそれよりも遥かに心細いものになってしまった。想像以上の出費によって冬が訪れた私の財布。昼に近づき暑さを増す京都盆地。今日も30℃を超しそうだ。