のたのた探検隊

夜も更けた頃に眠った彼らは、朝の8時頃には既に目を覚まし、9時過ぎにはもう稲荷大社の鳥居を目指して出発していた。稲荷大社は彼の家から程近いところにあり、暇とエネルギーを持て余しているという錯覚に陥った彼らにとっては、そのはけ口として最適であると思われた。


千本鳥居をくぐり抜けた彼らは、無意識的にその先へ続く山道を登っていた。ところが、登れど登れど頂上に着かない。傾斜もだんだん急になる。これは狐につままれているのではないだろうかと彼らが4回ほど心配になったところでようやく頂上に着いた。


頂上では稲荷大社へ来る途中に買ったパンをむしゃむしゃ食べ、半時程を木陰に座り込んで数多の観光客を眺めて過ごした。


十分に涼んだ彼らは、稲荷から東福寺の方へと抜ける山道をさらに進むことを決め、急な階段を上り、小川沿いの舗装されていない山道を下り、狐の息遣いが聞こえそうなひっそりとした稲荷の山を進んだ。そして、途中に見えた京都盆地の南半分に見とれたりしたのであった。


稲荷の山を抜けて少し行くと、石でできた鳥居が沢山並ぶ神社があった。朱い鳥居が並ぶ稲荷大社に対して、石でできた灰色の鳥居が並ぶその神社は、なんだか“裏稲荷”というような雰囲気だと思われた。神社に入っていくと、石段が下に続いていて、その下に白い一本の滝が見えた。すると不意に横から中年の婦人が顔をだし、「マイナスイオンがいっぱいやから下に行ってごらん」というようなことを言ったので、彼らは言われるままに下へと続く石段を降りた。下に着くと、滝の前には鉄製の門が設けられ、これまた中年の婦人が数人、その門の前に並んでいた。するとそこに上半身は裸、下半身は白装束という出で立ちの中高年男性が二人現れ、滝の前の門を開いた。そして何やら呪文を唱えながら葉っぱやパンパンに膨らんだゴミ袋、そして最後には自らの身体を滝に打たせて叫びだした。彼らは、一体なにがどうなっているのかと驚きながらもその情景を写真に収めようとしたが、滝に打たれた男性の一人に「写真とったらなんか変なの写るよ!ここにはいっぱいいるからね、後で困ることになるからやめときなさい」と大まじめに言われ、そして先程の中年婦人の服の中に火を着けた線香を突っ込みなにやら呪文を唱え出した光景に恐れをなし、「変なのはお前らや!」という思いを押し殺しながらそこから逃げ出した。しかし確かに変な人が沢山いたのだから、写真を撮ればしっかり“変なの”が写ることだろう。自らと魑魅魍魎を重ね合わせるとは、なかなかやるではないか。


ところで、彼らが山道を下り、怪しい集団と遭遇している間も、遠くから聞こえてくる声があった。それは、「○○くん頑張れ〜!」とか「○○君と○○君と○○君による徒競走で〜す」とかいうもので、普通に考えれば近くの小学校で運動会が行われているのだという結論が出るのだが、もはや“普通”などという概念は稲荷の鳥居に括り付けて置き去りにして来ていた彼らは、きっとこれは、この声の主であるお姉さんの頭の中で繰り広げられる妄想の運動会を実況し続けているのだと結論づけた。つまり、すべてはこの声の主であるお姉さんがたった独りで創り出した幻想運動会なのだ、ということである。そしてそのお姉さんは、きっと小学校のころ身体が弱く運動会に参加できず、大きくなってからも運動会のシーズンになるとその頃の悔しい思いから運動会の状況が頭の中で繰り広げられるようになり、それを独り、マイクを使って実況し続けているのだろう。そういうことにして、彼らは「可哀相だ」「哀れだ」「健気だ」「喉が渇いた」などと妄想に基づく無益な発言を繰り返した。


そして彼らは東福寺へと下り、橋を渡ったり戻ったり、明暗寺の苔に見とれたり彼岸花に哀愁を感じたりしつつおけいはんと化し、昨日落ち会った三条駅で別れたのだった。