エンクロージャー

私と並んで歩いていた彼が、唐突に、「囲い込みは終わっていない!」と言った。
私は彼を見た。
彼も私を見た。そして更に言った。

「既に次へのお膳立てはできている。いつ強制代執行が行なわれてもおかしくはないんだぞ!」
きっと彼は今日、そのような内容の講義を受けたのだろう。そして自分の予備知識と新しく加わった知識を照らし合わせて、そこに危機だかなんだかを見出だしたといったところか。
彼はさらに語気を強める。
「ぼくは負けぬ!断固としてここをどかぬぞ!!」
まもるべき土地などこの地球上に1平方ミリメートルも所有していないにも関わらず―敢えて言うなら権力への抵抗だろう―彼はそう叫び、「おらはど根性だぞ!」と農民の台詞を発しながら一人で熱くなってうっすらと汗さえ滲ませている。
彼といるとこういうことが時々あって、私にとっても別段珍しい光景ではない。そりゃ最初のうちは少し戸惑ったが、今ではすっかり慣れ、「またか」というような感覚だ。慣れというものは恐ろしい。


空に向かって更にうぉらうぉらと叫ぶ彼を尻目に、私は歩くスピードを少し上げた。
夜の冷たい空気が鼻の奥を刺して少し痛い。


そういえば、誰かが言っていたなぁ。


「歴史を学ぶ意義は、現代を相対化することにある。」


今を絶対視してはいけない。
歴史の相対化を。
無知からの脱却を。
抵抗の手段を。
民衆に。