彼の動揺

多文化映像論の講義を終えた彼が教室から出ようとすると、突然後ろから名前を呼ばれた。
誰かに呼び止められるような心あたりのない彼がふいっと振り返ると、そこにはその講義の先生がいて、彼にこんなことを言った。
「いつも一番いい感想を書いてくれてるなと思ってたんだけども、よかったらお昼でも一緒にどうかな。もう今日は予定ある?」


晴天の霹靂。


教室を出た後は次の講義が行われる教室まで行き、小説でも読みながらもさもさとおにぎりをかじろうなどと、到底「予定」と呼ぶには不相応な見通しを立ててのほほんとしていたいた彼は、その先生の突然の申し出に、京都タワーサンダーバード1号さながらに飛び立つのをこの目で見た瞬間のような表情で「あ、はい、お願いします。」と言った。


いつもわぁわぁと偉そうなことを言っているくせにその実とても気の小さい彼は、この不測の事態に非常に辟易した。
だからといって取り乱して暴れ回ったり、意味不明なことを口走って口から泡を吐いたりするような失態は断じてなかったと、彼の名誉にかけて明言しておく。


彼は震え出さんばかりに緊張しながらも平静を装って会話をしつつ、先生に連れられるままに食堂に到着した。
そこは教授の研究室や、廊下にさえふかふか絨毯が敷いてある学長の部屋などがある建物で、彼が連れられて行ったのはその最上階にある職員専用の食堂であった。


ところで、私は以前誤ってそのふかふかの廊下がある一画に迷い込んだことがあるのだが、そのあまりに仰々しい雰囲気と足元がふかふかする違和感は、私をすぐにそこから追い出すのに十分なものであった。余談。


彼が緊張しながらもなんとか注文を済ませると(向こうから注文を取りに来てくれるとは!)、その先生は彼に向かって言った。
「こういう機会だし、何か聞きたいこととかあったら聞いてくださいね。」
彼は困惑した。突然誘われてどぎまぎしながらついて来ただけなのに、いきなり何か質問をしろなどと言われても、無防備で冬の北アルプスに登って「さぁ頑張って一晩過ごせ」と言われたような心境になってしまう。
咄嗟に彼の頭の中で沢山の小さいおじさんが駆け回って引き出しを探しまくり、やっとのことで「先生がこの職業に就いたいきさつは?」という質問を引っ張り出した。


それからは滑らかに会話が進み、ハリウッド批判や映画の果たす役割、最近観た映画の話などを交わすうちにだんだん彼の緊張もほぐれてきたが、それでも緊張からくる口の渇きは衰えを見せることがなく、緊張との闘いはまた、コップに注がれた少量の水分を摂取するペース配分戦略を伴う米粒との闘いでもあった。
水分を伴わない穀物の摂取ほど、砂漠の渇きを擬似体験できる食物はないと彼は断言する。


そのようにして約一時間の時が過ぎた。彼は次の講義に行かなくてはならないので、エレベーターで下まで降りてその先生と別れた。


彼は以前、友だちとカラオケに行くにあたって、事前に独りで5時間も練習してから臨んでしまうという後輩の話を聞いて笑ったことがあったが、このときばかりは、その後輩の気持ちを少しは理解できた気がしたという。

そして小さくこう呟いた。
「何事も“突然”はいかんなぁ。いつ何が起こるかわからないのだから、日々の鍛練の幅を広めねばなるまい。」


彼が“鍛練”と呼んで憚らないそれは、言うまでもなく、単なる“突飛な妄想”に外ならない。