万能話者

女性が、独りで弁当を食べているのが見えた。


彼女はたった独りでいるにも関わらず、時折首を傾げたり笑いったり、納得したように頷いたりしている。誰かと一緒ならばなんということもないことなのだが、なにぶん独りでやっていることなので、これは一体どうしたことかということになる。
誰かと電話で話している様子でもないし、他の人の会話に聴き入っている様子もない。


そうか。私は理解した。どこかで聞いた、あの話を思いだしたからだ。

きっと彼女こそ、あらゆるの物質と言葉を交わすことができるという、あの伝説の“万能話者”に違いない。誰に聞いたかわからないが、そんな話を聞いたことがある。
したがって、数ヶ月前に噂になった、“京都タワーの礎と話す女”とは彼女のことだろう。


まさかこんなところで出会うとは…。私は興奮しながらも少し怖くなった。人は、想像以上の力をまざまざと見せ付けられると、尊敬よりも恐怖や嫉妬の念が強く涌くものだ。
私が興奮と畏怖の間を揺れ動いている間に、彼女は仲良く食物と話をしながらもばくばくとそれを平らげると、どこへともなく消えていってしまった。


それにしてもうらやましい能力だ。あらゆるものと会話ができるとは、夢のようではないか。
そのような能力は、生れつき身についているものなのだろうか。それとも、ある夜唐突に小さいおじさんの妖精と出会うなど、なにかきっかけがあって身についたのだろうか。いやいや、ただの私の暇に任せた妄想である。

そういえば、万能話者であるはず彼女が、他の“人間”と話すのが少し苦手そうに見えたのは、私の錯覚だろうか。