たくたく

大学が終わった後、彼は四条富小路を下がったところにあるライブハウス「磔磔」に向かった。
今日、そこでアジカンのライブが行われるのだ。
しかし、残念なことに彼はチケットをもっていない。先行抽選にはずれ、電話でもチケットをとることができなかったのだ。
磔磔は、酒蔵を改造してつくられた、今回のアジカンのツアーに於いても格段にキャパシティの小さいライブハウスなのだから、チケットを取れなかったのも仕方のないことだ。


しかし、彼はめげない。なにしろ、せっかく京都にアジカンが来るチャンスなのだ。チケットがないのなら、せめて会場の雰囲気だけでも楽しみ、ツアーグッズのひとつでも買いに行こうと思い立った。


京阪四条から西へ進み、富小路を左に折れた。そして何人かの既にグッズを購入した人々とすれ違うと、住宅が並ぶ静かな路地に突然「磔磔」という看板が現れた。


予想に反して、入場待ちや物販に並ぶ人は全くいない。その理由にはスタッフが入場待ちをさせないようにしていること、そしてなによりそもそもの来客数が他会場に比べてかなり少ないことが挙げられるのだろうが、それよりなにより、磔磔の雰囲気に圧倒される。


彼は会場のがらがら具合に驚きながらも、ゆったりとグッズを選んでいた。すると、中から音が聞こえてくる。
柔らかなアルペジオから始まり、突き抜けるようなサビへと続く…ムスタング
初めはBGMにCDをかけているのかと思ったが、その響き、声の揺らぎ、歌い方が、明らかにCDのそれとは違うことに気付く。
リハーサルの音が聞こえるかもしれないということに少しばかりの期待をしていたのは事実だが、ギターの音が、ゴッチの声が、まさかこんなにクリアに聞けるとは夢にも思っていなかった彼は色めき立った。


彼は空いているのをいいことに、グッズをゆっくり選ぶふりをしながら歌声に聴き入った。
そして聴き入りながらもしっかりとグッズを選び、Tシャツとステッカーを購入した。


購入後に、「入場待ちはここではできません!入場待ちの人は6時30分にまた来てくださーい!」とスタッフが連呼するのを聞いて、「チケットをもってないから“入場待ち”は決してしていない!」という虚しい屁理屈を心の中で繰り返しながらもう少しのたのたと粘り、チケットを持っていない自分の所在無さを感じながら、それでも満ち足りた心持ちで磔磔を後にしたのだった。