夏のおもひで:木の根踊り編

午前10時20分。叡山電車修学院駅で、彼は友人と乗り合わせた。昨夜、不意に鞍馬山に登ることを思い立った、まさに昨日の今日である。
彼らはそのまま終点の鞍馬まで行くと、山門をくぐって黙々と山を登り始める。やはり山の空気は少しひんやりとしている。しかし、山を登れば汗だくは必然である。


彼らは健康優良児のごとく汗をふきだしながら鞍馬寺の境内まで登り、木陰で昼食を食べた。
そして境内の中心で鞍馬山から元気をもらい、妙な高揚感を伴って更に上を目指した。


北条政子の茶室を横目に門をくぐると、山の上に向かってあまりにも沢山の階段が続いている。これをただ登るのは少し味気ないではないか。気付けば彼らは、じゃんけんをして勝った人がその勝ち手によって定められた段数だけ進んでいく遊び、いわゆる「グリコ」を始めていた。
しかし、あまりにも長い鞍馬の階段に対し、パーでは「パイナップル」の6段、チョキでも「チョコレート」の6段、グーに至っては「グリコ」のたった3段しか進めないのでは、彼らはここで一生分のじゃんけんをしなければならなくなる。そもそも既存の「グリコ」はもはや遊び尽くされた感があり、爽やかな夏のハイキングにはフレッシュさにおいて到底及ばぬという理由で、彼らは独自の案を搾り出した。
グーで勝てば「グリーンアスパラ」、パーで勝てば「パシフィックリーグ」、そしてチョキで勝てば「魑魅魍魎」の文字数だけ登れる遊びである。これなら最低でもチョキの7段、グーとパーでは8段ずつのぼることができ、公平かつ効率的かつ、なによりフレッシュ感に溢れているではないか。


彼らは「グリーンアスパラ」によって疲れを感じる事なく頂上へ到達した。
そこには幼き頃の源義経が跳んで修業していたという木の根がうねうねと地面を這っている。
彼らは「木の根祭」と称して「木の根踊り」というなにやらくねくねとした怪しい踊りを繰り返し、貴船へと続く山道をくねくねと下りた。


貴船川には川床が設置され、人々が涼みながら食事をとっている。細い一本道には車がずらっと並び、熱気を周りに振り撒いていて、その横を擦り抜けて歩く彼らにとってはたまったものではない。
途中、「いかがですかー?全部付いて6800円ですよー」と彼らを川床へ誘う言葉が聞こえたが、彼は聞こえないふりをして通りすぎた。
「全部ってなんだ!6800円など、そんな大金財布には入っていないぞ!」


彼らはむうと膨れながら貴船神社を見てまわり、川床の上流で水遊びをして涼んだ。なにしろ川での水遊びは、涼しい上にタダなのだ。


そのあと、カフェでわらび餅などを食べて心もおなかも満足し、てくてくと山を下って帰った。