perder

彼は心身ともに弱っている。
「なんだか、あらゆることへのやる気を無くした」と言っている。


原因は、昨日、彼が愛用のふでばこを無くしたことにある。
「ふでばこ」といっても、象が踏んでも壊れない類の四角くて頑丈なものではない。
彼の去年の誕生日にめんまるさんからもらった、なんだか繊細で柔らかい、スペインも関係しているらしいやんごとなきふでばこなのである。
彼は誕生日以降、それをたいそう大切にしていた。
「テッコン筋クリート」の缶バッジやハードロックカフェのピンバッジをつけて、ほくほくと喜んでいた。

そのふでばこが、彼の手提げ袋から突如として姿を消したのだ。

自転車に乗っていたときか、電車に乗っていたときか、はたまた歩いていたときか。

彼はふでばこを無くした場所に全く見当がつかない。

電鉄会社には電話をしたが、果たして見つかるだろうか。



夕方、彼は自己暗示をかけた。
「ふでばこは無くなっていない。ふでばこは無くなっていない。」
そう思うと、少し気が楽になった気がした。
もう少し楽になろうと、彼はさらに自己暗示をかけた。
「ふでばこは鞄からひょっこり見つかる。ふでばこは鞄からひょっこり見つかる!」
なんだ、ふでばこは鞄の中にあったのか!うっかり見落としていたんだなぁ。
そう思うと、始めからふでばこなど無くしていなかったかのように、彼の心はすっと軽くなった。

しかし。
実際はどこかでふでばこを無くしてしまっているのだ。
当然の帰結として、いくら鞄を探してもふでばこは出てこない。
彼は、さらに深い悲しみに落ちた。

「なんかもうよくわからん」と言って鞄を投げている。


彼はあらゆることへの気力を失っているが、今は試験期間の真っ最中である。
彼にはあと10ほどのテストが待ち構えている。
それでも彼は言う。
「ふでばこがなければ、テストなんか受けられない!」