琵琶湖一周 1/2

琵琶湖

06:15 私は荷物を背負い、琵琶湖を一周するために自転車を漕ぎ出した。

「一円も使わないで琵琶湖一周」を実現するために、荷物は破格の重さを誇っている。

その内訳がこれだ。
・おにぎり 6個(ウインナーと梅干しを和えたやつ)
・水・お茶(500ml 4本)
・寝袋
・着替え
・お菓子
・サンダル
・レインコート
・デジカメ
・懐中電灯
・小説



昨日発売されたGREEN DAYの五年ぶりのアルバム『21St CENTURY BRAKEDOWN』を聞きながらひとまず三条を目指す。
高校時代以来のGREEN DAYのニューアルバムは、 勢いのあるリズムとガンガンにハマるメロディが絶妙で、懐かしいような新しいような“わくわく感"を与えてくれる。
空の暗さとは一転、心は軽い。
曇っていると涼しいのが最大の利点だ。雨さえ降らなければ。


ひとつ誤算だったのは、重い荷物のせいで体重が増し、尻への負担が大幅に増えたことだ。
漕ぎはじめてすぐに、尻が痛くなった。


07:00 蹴上駅で友人と落ち合い、地下鉄でお馴染みの御陵駅を初めて地上通過。
友人の荷物が圧倒的に小さいことに愕然。
“旅スタイル”の違いか。


07:14 JR山科駅を通過。
今気づいたが、自転車のチェーンがかなりキュルキュルいっている。
小鳥の囀りかと思う。


ここから大津へ、今日最初の正念場。


07:30 延々と続く上り坂。
私たちを殺すつもりだろうか。
近江への道は険しい。

07:41 峠越え。風が底無しの快感。
既にかなりの達成感。

07:48 小粒がぴちりと顔に当たる。ついに雨か。

07:50 膳所駅の陸橋を渡る。
広々していていいなぁと思っていたら、降りるところにはスロープ無し。エレベーターのみ。
どうやら、上りのスロープは自転車用ではなく、車椅子用のものだったようだ。
仕方なく階段を下りる。


08:00 琵琶湖岸に到着。
尻が痛い。
今後は琵琶湖を左手に走る。

08:14 近江大橋を渡る。

08:20 さざなみ街道に入る。

08:38 リュックが荷台に載るようにサドル、紐などを調節。かなり楽になる。いや、しかし苛酷。

08:55 琵琶湖博物館まで来た。
湖岸走り初めて初のコンビニがある。何か買いたい意欲を抑えて、地図を見る。


サドルを使ってリュックを荷台に固定する方法を発見!
大発明をした気分になったが、すぐにバランスをくずして大きく横にずれ、危ないことが判明。
バランスをとるのが大変だが、それでも肩に負担がないぶんかなり楽。


09:12 いまのところ順調。
雨も降らず、涼しい。爽やかなサイクリングである。

09:35 “朝市"と書かれた看板があったので覗いてみると、フナのみが売られており、かなりの人が集まっていた。やはり琵琶湖はフナを日常的に食べる文化があるのだろうか。

09:40 琵琶湖大橋通過。
名前だけ聞いたことのあるピエリ守山がある。

09:59 野洲川を通過。ついに、JR琵琶湖線のひとつの終点である野洲の名を冠した川を渡った。

10:01 野洲市に入る。
ひたすら道が続いている。

10:20 彦根まで34km…。向かい風がひどい。足が痛くてなかなか進まない。

10:25 やっとの思いで近江八幡市に入った。二人とも限界がきているかもしれない。

10:39 ついに雨がぱらつきだした。

11:00 雨だと認めざるを得ない振り方になったので、水郷めぐり観光船乗り場でレインコート着用。
友人にパンを少し分けてもらい、涙。いや、雨か。


11:51 道に迷った説も浮上したが、間違っていなかったことを確認。彦根まで19km地点。
雨具をさらに重装備に。
たくさん持ってきたスーパーのビニール袋を、輪ゴムを用いて靴の上から装着し、靴が濡れないようにする。


12:15 彦根市に入った。市街地までは18km。


13:15 彦根城!心身ともにボロボロ。


13:30 彦根市民スポーツセンターで雨宿りしながら昼食。
最初のおにぎりを食べる。
膝が壊れそうだ。


こんな雨だというのに、野球はみんなちゃんと練習してる。
そんな誰よりも、私たちは一番運動している。

14:00 出発。足腰に激痛が。そして寒い。身体が冷える。

14:15 米原市に入った。JR琵琶湖線の終点。

14:35 米原市に入ったころから意識が朦朧としていたが、ついにガードレールにぶつかった。居眠り運転を20分もやっていたのか。
その事故により、レインコートのズボンが破れた。

14:56 長浜市を走行中、雨が少しずつ止んできた。
レインコートが破れた今、雨に降られてはまことに困る。


15:06 長浜城が出現。復元天守のうえに家族がいるのが見える。


16:10 道の駅・湖北みずどりステーションに到着。
それにしても、ただまっすぐな道が多すぎる。辛い。尻も痛い。
一賎も使わない私に対して、友人が小鮎の天ぷらなるものを買って分けてくれた。
あつあつでうまい。


16:25 出発。北へ行き、今度は西へ、琵琶湖の西岸を目指す。

17:05 やっとの思いで琵琶湖最北端をまわる。長かった…。

しかし、再びの雨に凍える。レインコートのない足はもうずぶ濡れである。

17:45 迷う。完全に行き止まる。
刻一刻と迫る日没。
暗くなってしまっては、(怖くて)手も足も出ない。
とにかく、前に判断を下した場所まで戻る。


18:20 我々は方針を変え、別のルートから山を越えることにした。
しかし我々の足腰はもう限界を超えつつあるため、自転車を漕いで登ることはできない。
それでも、登らなければ西岸に着くことができない。
選択肢はひとつだ。
我々は、自転車を押して山を登った。

18:40 ひとつめのトンネルは越したが、自転車を押してひぃひぃ言いながら登れど登れど、ふたつめのトンネルが出てこない。


我々は思ってもみなかった。大津に下るときに既に越したと思っていた文字通り最大のヤマが、一日の最後の最後になって我々の前に立ちはだかるとは…。



19:13 マキノの道の駅に着いた。
精魂尽き果てた…。
死にかけている私に、友人が自販機で買ったホットレモネードを渡してくれた。
私はお礼におにぎりを一個あげ、私もひとつ食べた。
今日の目的地(もうひとつ先の道の駅)まで、あと20kmだが、下り坂でなければ確実に挫折していたところだ。

しかしあまりにも寒い。
身体の芯まで冷える。

20:16 さらに悪いことに、道という道すべてがあまりにも暗過ぎる。ほとんどの道には、街灯のひとつもない。
本当に何も見えないのだ。
さらに私は、昼間ガードレールにぶつかったときにライトが故障したらしく、状況が何も掴めない。
道路が琵琶湖の湖面と同じ漆黒なんて、どうかしている。

そして私は、そんな道をかれこれ一時間以上も走り続けているのだ。どうかしている。

何も見えない、何も喋らない。
眠くもなるはずである。
一瞬、私は誰と走っているのか、ここがどこなのかが本当にわからなくなった。

20:30 平和堂や24時間のマックがあるあたりに着いた。
やっと晩飯でも食うのかと思った矢先、「あと半分やな」と友人。
もう今日はここでいいのではないか。
そういう意味を込めて、私は「今日の目的地までいくん?」と尋ねた。
すると間髪入れず、「そうやな」の返事。
なぜだ。なぜそこまで夕方に適当に決めた目的地にこだわるのだ。
道の駅なんて、既に営業は終わって明かりさえ消えているのに、そこに行ってどうしようというのか。
もうかれこれ16時間も漕ぎ続けている。


20:40 左足の膝が、もはや漕ぐことを拒否している。
真っ暗闇である。
ライトは故障している。
友人はもう遥か先、ライトも見えない。

できればいますぐ自転車を止め、金輪際こんな暗闇で一人になりたくない。
何か、彼の気に障ることでもしただろうか。

21:03 車が、私のすれすれを猛スピードで抜いて行った。
服がかすった。
たいていのドライバーは事故を起こさないようにちゃんと前を見ていて、私を見つけ、多分驚きながらよけていく。
しかし、こんな時間に、こんな場所に、無灯火の自転車が走っているなんて誰が考えるだろうか。

死ぬかと思った。


21:15 目的地到着。
トイレと屋根がある。
ここで寝ることにしようかというと、「足が心配やから」と言われた。
なんのことかと思ったが、どうやら私の心配をしてくれているらしい。
3時間前にしてほしかった。

今日のねぐらは、レンタサイクルの保管場所になった。屋根ありコンクリートだ。
友人は、湿布をくれてすぐに寝始めてしまった。走っていたそのままの格好で、あぐらをかいて。すごい。
私は、体を拭き、服を着替え、寝袋を出して寝る。あったかい。
荷物の差はここにあったのだ。
そしておにぎりを食べる。
小説も読む。
しかし、それもすぐに終わるだろう。
なにしろ、疲れすぎている。