人助け論の衝動的実践

教育実習が終わり、4週間振りの河原町三条にやってきた彼は、いつものように、道に迷っているらしき人を見つけた。


大きなスーツケースを持ち、歩道の端に佇み、地図を広げて話し合う外国人の男女。
どうみても、目的地が見つからず困っている様子だ。
久しぶりに見る光景に興奮気味の彼は、後先考えず声をかけた。


「はろー、May I help you?」
「We're looking for this hotel
女の人が、地図を指差しながら答える。聞いたことのない名前のホテルに、赤のボールペンで丸がつけてある。
hotelの発音が「オテル」と少し訛っている。
英語圏の人ではなく、普段はラテン語系の言葉を喋っている人なのだろう。


彼はその女性が見ている地図を見るが、英語の文字が並ぶその地図は細かく、少しわかりづらい。
しばらく無言で地図を睨みながら、後先考えずに話し掛けてしまったことを後悔。


そのホテルは、どうやら彼らがいる場所から近いところにあるようなのだが、辺りを見回しても見えない。冷や汗が背中を伝う。


困った彼は「Just a moment」と言い、自ら辺りを探してみることにした。
どちらへ行ったらいいものかとキョロキョロし、目についた近くの路地まで走る。
半ば祈りながら角から覗くと、路地を少し入ったところにそのホテルの看板が見えた。


よかった。
これで一件落着だ。

と、おもいきや。
見つけたはいいものの、なかなかそれを相手に伝える言葉が出てこない。
親指を立てて「ヘイ、こっちだぜ」という仕草をしても、「え、何?見つかったの?どういうこと?」というような怪訝な顔つきをされ、焦る彼。
口をぱくぱくさせ、必死に言葉を探す。


やっとのことで、脳の隅に埋まっていた「I found it」という言葉を見つけ出す。

相手の顔が綻び、それまでただのマヌケな動作だった「ヘイ、こっちだぜ」という仕草にもやっと意味が篭る。


彼を先頭に、ホテルのある路地に向かって歩く。

どこから来たのか尋ねると、「Switzerland」だと言った。

スイス。
スイスはフランス語を母国語としているはずで、フランス語は確かラテン語に起源があったはずだ。予想通り。
しかし、聞いたはいいがスイスに関する知識などほとんど持ち合わせていない彼は、「あースイスね!」というような適当な反応をしてすぐ「この角を曲がればありますよ」と話題を変えた。


別れ際、外国人たちは彼にお礼を言い、彼はにこやかに「Have a nice trip!」と言って手を振った。


「人助けは自分がすっきりするために行う」と言い切っている彼は、この一件ですっかりいい気分になって新京極の方へ闊歩していった。

冷や汗の染み込んだ服を乾かしながら…。