血液型騒動

彼とめんまるさんは、友人Kと共に献血に行った。

今回の献血に当たって、友人Kにはただならぬ決意があった。


と言うのも、友人Kは生まれてこのかた、自分の血液型を知らなかったのである。

そして、友人Kの両親の血液型はA型とB型。
しかもAOとBOということで、一人っ子である友人Kの血液型が何であってもおかしくない状況。


そんな状況の中、友人Kは「血液型別の性格など信じていない」と強がりながら、一方で「こいつとは合わないと思った奴には“たまたま”B型が多い」などと、世間一般に言われるB型の特徴を鵜呑みにした発言をしながら、自分はA型であってほしいとひそかに強く願っていたのだ。
血液型占いも、なんとなく見ながら、A型の運勢が良ければそれをぼんやり信じてきた。



それゆえ、彼が友人Kを初めて献血に誘った去年の夏には、「進路も決まってないのに献血になど行けない。しかし、進路が決まったあかつきには、大学を卒業するまでには、必ず献血に行って血液型を判明してみせようぞ!」という決意を口にしつつ、血液型の判明を先延ばしにしてきたのである。


それほどまでに血液型を深刻に捉えている友人Kであるから、「もしA型じゃなかったらアイデンティティの崩壊が起きるかもしれない」ということを危惧していたのだが、直前には「もう何型でもいいわ。いっそB型じゃなかったらつまらん」などと開き直った発言をするようになっていた。


しかし、これは開き直りなどではなく、仮にB型だったときに落ち込まないように、自分を騙しているだけであった。


そのため、四条の献血ルームに着いてからも緊張がほぐれることはなく、事前の問診時に脈が早過ぎて3回も計り直すという記録をたたき出していた。


さらに、献血直前には“手が冷たい”という理由でもう一度温かい飲み物を飲みに行かされたり看護師さんたちから話しかけられていじられまくるというハプニングめいたこともあったが、それは結果が出た後の話。




その、緊張の血液検査の結果は…。



見事、A型。



これは、友人Kのその時のテンションや機嫌、さらにはその後の人生観などに最も負の影響を与えない最善の結果であり、我々が胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。


事実、献血後の友人Kはいつになく上機嫌で、饒舌であった。



献血には、一人ひとり思い入れがあるものだ。

彼は、今回が20回目にして大学生活最後の献血

めんまるさんも、大学生活最後にして、今シーズン最後のコーンスープ。

そして友人Kは、人生初にして今後の人生観を左右しかねない決意の献血


それぞれ違う思いではあるが、ともあれ、そうして少しでも誰かの役に立てるかもしれないということは、いいことだ。