昼下がりの香ばしさ

piedra-blanca2010-10-25


昼下がり。
彼が机に向かってせっせと働いていると、なにやら香ばしい匂いがした。


その匂いの発生源を探すと、彼のシャツの胸ポケットだった。


彼のシャツの胸ポケットには、彼の地元の名物である“せんべい”が入っている。


それは彼の地元の、かの万葉集にも詠まれたという海沿いの観光名所がやきつけられたせんべいで、ほどよい堅さとまろやかな風味が絶妙な彼の地元を代表する銘菓である。


幼少の頃、祖父の家に遊びに行くと水引の中にそのせんべいが入っていて、おやつに食べていた記憶がある。


それが何故、仕事中の彼の胸ポケットに入っているのか。

その理由は、昼休みまで遡る。

彼が弁当を食べに食堂へ行くと、テーブルにそのせんべいの缶が置かれていた。

おそらく、誰かが持ってきて置いたものだろう。

久しぶりにそのせんべいを見て懐かしくなった彼は昼食後、とりあえずそれを二枚手に取り早速一枚をもしゃもしゃと食べた。
しかしそこで急ぎの用を思い出し、残った一枚のせんべいをとりあえず適当なところに突っ込んだ。


それがたまたま、シャツの胸ポケットだったのだ。


食べ物を直にポケットに入れることに関しては、賛否両論あるだろう。

いや、むしろ否定意見しかないかもしれない。
否否片論である。


それはともかく、彼には昔から、食べ物を直にポケットに入れる習性があった。


高校の時、友人にもらった乾燥マンゴーを学生服のポケットに入れて大事にしていたのを見つかって驚かれたこともあった。
もう5年も前の話である。


ああ、懐かしき日々よ…。


ハッと我に返る彼。


客の少ないけだるい午後に、せんべいの香ばしさに心奪われながら思い出に浸るのも悪くないものである。