中学生の切り抜け方

とうとう彼がやってしまった。


といっても、仕事におけるミスではない。


“インキー”である。


今シーズン一番の冷え込みで、厚着をした朝。
職場に着いた彼は原付からおり、手袋をとってジャケットのポケットに入れる。
ジャケットを脱ぎ、マフラーをとり、シート下の荷物スペースに入れる。
その上にヘルメットを置き、シートを閉めるが、飽和状態でなかなか閉まらない。


彼はシートを開け、ヘルメットの中にマフラーを押し込み、ジャケットをできるだけ小さく丸めて上手い具合に配置し、もう一度シートを閉める。
荷物の反発が手に伝わってくるが、構わずぎうぎう押さえつけるとカチリという音がして、ようやく閉まった。


一件落着。


そこで気付いた。

「あれ?カギはどこに入れたっけ?」


原付の鍵穴を確認するがささっていない。
いつもカギを入れるズボンのポケットも探す。
スーツの外側のポケット、入れるはずのない内ポケット、鞄のポケット、もう一度鍵穴…。


よぎる悪い予感。


思えば、日頃から幾度となくぼんやりと考えてはいたのだ。
「これ、カギをシートに閉じこめてもたらどうなるんかなー。大変やろなー」
「実際ありそうやから気ぃつけんとなぁ」


それが今、現実に。


バイク屋に電話すべきか…いや、鍵屋を呼んだ方がいいのか…仕事が終わった後、いったん電車とバスで家に帰って合い鍵を探して来るべきなのか云々…。


彼は頭をフル稼働し、ある答えを導き出した。



“合いカギを祖父に届けてもらう”



…考えられ得る限り、最も“中学生的な結論”であった。


体操服などを忘れた中学生が、家族によってそれらを学校に届けてもらうのと何ら変わらない。

校内放送で事務室に呼び出される光景が目に浮かぶ。



彼はすぐに、まだ家にいるはずの高校生の弟に電話をかけ、状況を手短に伝えた。
そして合いカギを探させ、毎朝いろいろと世話をしに来てくれる祖母に渡してもらうよう頼む。


その間約3分。

準備は整った。


昼前には祖母に電話をし、祖父が確実に合いカギを届けてくれることを確認。
さらに、次のような注文を付け加えた。


「昼頃に来てほしいけど、他の人にバレたくないから絶対誰かに言付けるようなことはしないでほしい。
正面入り口の右奥に郵便ポストがあるから、そこに入れてほしい。
入れてくれたら、店に入って、アイコンタクトで知らせてほしい。
その際も、絶対話しかけてこないよう注意すること。」


まったく、“身の程をわきまえない”という言葉がこれほどしっくりくる状況も珍しい。
“身の程知らず”とは彼のためにある言葉なのかもしれない。


かくして、彼は原付の合いカギを手に入れ、一大事の大失態は一件落着となった。

しかし、いやはや弟や祖父母がいなければ、彼は一体どうなってしまっていたことか。
身の程知らずの彼の世話をしてくれる人々に、彼は心底感謝しながら生きていかねばならない。


「ありがとう、おじいちゃん」