消息確認と秋の空

piedra-blanca2010-11-06


学園祭に行くため、3月に引っ越して以来初めて出身大学に来た彼は、友人Kと会う前に、“もう一つの目的”を遂行した。


それは、“音信不通の友人Hの家を訪ねる”ということである。


その友人Hと彼は在学中から仲が良かったのだが、友人Hが就職をあきらめて留年を決意し、更にこの春から休学して部屋に籠もるという儀式に入って世俗から遠く離れてしまったため、ほとんど連絡が取れなくなっていたのである。


卒業後、京都に遊びに来た際の宿として友人Hをあてにしていた彼にとっては思惑が大きく外れたことになったが、そればかりかあまりの音信不通さにその消息さえ心配になった彼は、次に大学周辺に足を運んだときには必ず友人Hの部屋を訪ねようと決めていたのだ。


昼過ぎ、友人Hの住むマンションに着いた彼は、郵便受けの名前を見て部屋番号を確認し、友人Hがまだ部屋を引き払っていないことと郵便やチラシが溜まりに溜まってしまっていることを確認して不安と期待を同時発生させた。


部屋の前に立った彼は、考えられるあらゆる手段でその部屋にアプローチをした。

ドアをノックする。
ドアを叩く。
ドアを殴る。
ドアの下部に付いているポストの隙間から名前を呼ぶ。
ドアを叩きながら名前を呼ぶ。

電話をかける。
ドアを叩きながら電話をかける。
ポストから名前を呼びながら電話をかける。
ドアを叩きながら名前を呼びながら電話をかける。
ドアを叩くリズムを変えてみる。
だんだん楽しくなってくる。
ドアを叩いてだんだん楽しくなりながら電話をかける。
人の気配がない。
だんだん疲れてくる。
周りの部屋の人がいたら、かなり怪しんでいることだろう。
まったく反応がない。
あきらめの空気が漂う。


その間約15分。

これだけ騒がしくしていれば、寝ていても起きるはずだ。
まさか、部屋で息も絶え絶えということもあるまい。
もしかしたら、一旦実家に帰っているのかもしれない。


そう考えた彼は、それ以上友人Hを呼ぶのをやめ、持ってきた土産をドアノブにかけてその場を去った。

階段を下りながら、「来てみたが会えなくて残念だった」というメールを友人Hに宛てて作成した。
それを送ろうとした、その時である。


「今、電話で起きたので、どこか店にでも入って待っていてほしい」
という旨のメールが、友人Hから届いた。


やはり家にいたのか。そして、あれだけやってやっと目が覚めたのか。
というすこし呆れが一瞬で脳裏を過ぎった後、彼は喜びを静かに爆発させた。


音信不通だった友人Hに会う機会を勝ち取ったのだ。
行動力の勝利である。



約20分後に彼の前に現れた友人Hは、彼が想像していたような悲惨な姿とはほど遠く、髪は清潔に整えられ、髭もなく、太ってもおらず、朗らかで、多少肌が乾燥している以外は、最後にあった半年前と少しも変わっていないように見えた。

聞けば、後期からは休学を解消して週に一日は大学に行っているらしい。

彼は、失礼な想像をしていたことを心の中で詫び、色々と話ながら学園祭を楽しんだ。


友人Hがこの先どうするのかという疑問は残っているが、なんとか元気でやっているということがわかっただけでも大きな収穫である。


夕方近く、彼は友人Kとの待ち合わせのため、友人Hと別れた。
友人Hが自らの巣へと帰っていく姿を見た彼が少しだけ羨ましさを感じたことは、秘密にしておきたい。