そのとき

piedra-blanca2011-01-13

どうやら、ここ2〜3日が峠らしい。
彼の飼っている犬、通称“りゅう”本名“龍神丸”は、ここ数日の間にみるみる弱ってしまった。


医師の診断によると、どうやら癌かなにかが原因で、腹水が溜まってしまっているらしい。
高齢のため手術はできず、投薬で様子を見るしかないということである。


彼が“りゅう”の異変に気づいたのは先週の土曜日。
なんだか少しお腹が膨れている気がしたのだが、他に別段変わった様子もなかったので、気にしなかった。
しかし、その後約3日でりゅうのお腹はみるみる膨れ、便も出ず、11日(月)の夜には、動くのもつらそうなほどぱんぱんになってしまった。
それでも、彼の父が散歩に連れ出すと元気に歩き、山で放すと父でも捕まえられないくらい走り回れた。


昨日の昼、彼の祖父が動物病院に連れて行った(彼の帰りを待ちきれず先に行った)ときには、まだ歩いて行けたらしい。

ところが、夕方に彼が散歩に連れて行こうとすると喜んで小屋から出てきたものの、少し歩いてはそれ以上進むのを拒み、とうとう行くも戻るもどうにも動かなくなってしまった。


病の悪化は、予想を上回る速さである。


夜は寒いから家の中に入れてやろうかとも思ったが、いつでも好きなときにおしっこができるように、やはり外にいてもらうことにした。
彼の母は、ペットボトルにタオルを巻いて作った湯たんぽをりゅうにやった。


りゅうの最大の長所にして短所であるところは、“薬”を喜んで食べることである。
予防薬などをなかなか犬が食べてくれないという話はよく聞くが、りゅうは昔から拍子抜けするほど喜んで食べた。
この日医者にもらった薬も、“ザ・クスリ”という感じの錠剤とカプセルだったが、りゅうにやると、かりかりとよく嚼んで食べた。
「あぁ、やっぱりりゅうやなぁ」
彼はうれしさと寂しさの感慨にもみくちゃにされた。


普通のえさは食べなかったので、魚肉ソーセージを持って行くと喜んで食べた。
なでてやると、小屋の中で頭を毛布にのせ、気持ちよさそうにじっとしている。
本当はそんなにおとなしい奴ではないのに。
やはり、病がつらいのだろう。


今朝になると、りゅうはさらに弱ってしまっていた。
彼の父が散歩に行こうとしても小屋から出てこず、あきらめて仕事に行こうとした頃にようやく出てきたので、父は電車を一本遅らせ、りゅうの散歩をした。
といっても、10メートルほど歩いておしっこをしただけだが。


目に輝きがなく、いくらとっても目やにが出た。
カプセル薬をあんまりかりかりやるのもどうかと思い、彼は薬を魚肉ソーセージに埋めてやった。
それを喜んで食べるりゅうを見てから、彼は仕事へ行った。


仕事どころじゃないのに!と思うと、仕事にも気持ちが入らないどころか、不意に泣きそうになった。



夜になり、長すぎる会議を待っているという無駄な時間を憤慨しながら過ごした彼は急いで家に帰り、りゅうを呼んだ。
しんどそうに、りゅうが彼を見た。
彼は、名前を呼びながらりゅうをなでた。


おもいっきりなでた。


なみだが止まらなかった。


もう、何とか回復してほしいというよりは、ただただ、そばにいてやりたいという気持ちである。
りゅうには、もう約14年もの長い間、ずいぶんと楽しませてもらった。
お世話にもなった。
りゅうの余生に、少しでもその気持ちを伝えたいと彼は思っている。