いざベトナム

昼過ぎ。

商工会議所から出た彼は、ほっと胸を撫で下ろした。


ほとんど勉強せずに挑んだ今回の試験は、なんとなくできた感じだ。


2・3・4月と連続で試験のある彼は、多分全部落ちるであろうという上司から怒られまくること必至の予測を立てていたのだが、これで三連敗(予定)を免れた格好である。
ただ、試験は一つ落ちるだけで非常に怒られるので、結局彼が怒られることに変わりはないのだが。



ところで、四月から、彼は外交になる。
この間、そう支店長に言われたのだ。


だから、三月からは投資信託の勉強会にも出なくてはならない。


昨日の夜、上司が彼にこう言った。

「明日、帰りに本屋に行って、投信の入門書を買えよ。お前連休やろ。本の一冊ぐらい読んでこい。明日、買った本を報告しろよ。」


彼は心の中で即答した。


「イヤだ!」

と。


勉強をすることがイヤなのではない。
働いている以上、仕事に必要な知識を得ることは重要なことである。
もちろん勉強は―とりわけ銀行のことは―嫌いであるが、そこは割り切っていかなければならない。


しかし、なぜ勉強の仕方を指定されなければならないのか。
そして、なぜ貴重な貴重な連休を、勉強に割かなければならないのか。


連休は、ベトナムに行くのだ。
この連休を、ずっと待っていたのだ。


「何のための休みなのだ!!」

心の中でそう叫びながら、苦笑いして、「はい」と言った。



彼と上司の連休に対する価値観は、どこまでも平行線をたどる。



確かに、勉強はしなければならない。

このままでは次の試験に落ちるだろう。


それでも、彼は連休を、ベトナムを、満喫するのだ。


予定時刻は18日の10:30。


彼はベトナムで、世界を取り戻すのだ。