外交デビューと春の雷
ついに、彼が、外交になった。
火曜日に春の人事異動が発表されたのだ。
前々から「出るぞ出るぞ」とは言われていたが、いざとなると何も準備ができていない。
何をどうしたらいいのか分からない。
そんな状態なのに、気づいたら次の日からもう、先輩について外を回らされている。
一週間もすればもう一人で回らなければならない。
今までの融資の仕事はもう役に立たない。
またゼロからのスタートである。
しかしまぁ、ここまでは予想していたことである。
それよりも衝撃だったのは、支店長の人事である。
今の支店長はこの四月で丸3年になるので、異動になることは誰もが予想していた。
問題は、新しく来る支店長である。
異動が発表されると、すぐに噂が飛び交う。
それによると、どうやら、次に来る支店長はかなりヤバイらしい。
瞬間的に激上して怒鳴り散らすタイプらしく、事務ミスをした女子行員を朝礼で激しく折檻し、気を失った彼女に向かって「気を失うほど嫌なら、ミスをするな!!」と言い放ったのはあまりにも有名な話である。
気を失うほど怒るというのも想像を絶しているが、気を失ってからさえ怒りの拳を浴びせかけるというのはどういうことなのか。
さらに、外交畑の人なので外交に対しては異様に厳しく、機嫌を損ねると金庫や支店長室に連れ込まれて激しく詰められるらしい。
彼にとってはこれが最もつらい点である。
外交という仕事は、毎日外回りが終わった後に支店長に一人ひとり詰められるという過酷な仕事なのだ。
毎日そんなにきつく詰められていては、心身共に疲弊しきってしまう。
その上、事務システム関係の部署にもいたことがあり、事務ミスには大変厳しいということや、怒ると物が飛んでくるということ、時にはパソコンまで飛んできたことなどが現在までに入っている情報である。
話を聞く限り、恐ろしくてしかたがない。
そして金曜日、初めて支店を訪れた新支店長の見た目は、「どう見てもいかつすぎる」というのが彼の第一印象であった。
「短髪で、どすのきいた声をしたゴリラだ…」
彼は、4月から外交に出る自分の身を案じてぷるぷると震えている。