彼の決意

今年に入って既に約2か月。
いろいろなことがあったが、まずは、今年は彼が今の会社を辞める年であるという点で、彼にとって大きな意味のある年である。


そして、彼は、今まで耐えてきた理不尽や、黙ってやり過ごしてきた疑問に、立ち向かう決意をした。

つまり、“おかしいと思ったことは「おかしい」と言う”ということである。


そのターニングポイントとなったのが、年末年始の休みに支店長から出された“反省文”の課題である。


「言われるがままに相手の望むものを書くのは悔しい」
「1000字と言われて1000字だけ書くのは悔しい」


それが彼の性格である。



以下に、彼が実際に提出し、直接の上司に「最初はどうなることかと思ったけど、うまくまとめられてるやん!やるなぁ!」と言わしめた反省文の全文を掲載する。



2011年12月の目標と実績の乖離について


 投信20M、保険15Mの合計35M、そして個人基盤ポイント30pというのが私の12月における目標でした。それに対する実績は、投信28.9M、保険0M、個人基盤ポイント30pでした。
 実績の内容についての反省点は、個人基盤で30pの目標達成し、投資信託で20Mの目標に対して28Mと目標を上回る実績を上げられた一方、15Mの目標に対して実績が0Mと、保険の獲得で完全に足を引っ張ってしまった点です。
 しかしそもそもこの目標自体、全体のノルマの内12月中に絶対にここまで獲るように指示された中から逆算して、ほぼ人数で割り振ったものです。それに対して支店長は「トップダウン式に詰めまくったら取れるのか。それならばそうさせてもらうけれども、それでは外交としてやりがいがないだろう。」というようなことをおっしゃられましたが、むしろ12月はほとんどそういう状態に近かったように感じます。それにもかかわらず自分自身で自発的に設定したかのように責任を追及されるのには少し違和感がありました。その部分についてはあえて「自分自身で決めたのだ」とごまかす必要はないのではないかというのが私の考えです。


 それに加えて、私にとっての先輩や上司に対する支店長の言動があまりにも攻撃的であったことも、精神的に少なからず影響があったと思います。支店長はそれによって私たちが奮起したり、モチベーションが上がったりすることをねらっておっしゃられていたのでしょうし、実際にプラスの影響があったのかもしれません。しかし、その言葉が的を射ているものであるということを加味しても、そうは考えがたいものもいくつかあり、それらが営業活動を行う意識の中に何らかの影響を及ぼしていたのではないでしょうか。もちろん、目標というものは期初に本部から割り振られており、そもそも一方的な性格を持っているものであるということも、外交経験が浅いからこそこのような感覚を覚えるのだろうということも理解しています。また、支店長のおっしゃることは私たちにとって耳の痛いものばかりで、努力が足りないと指摘された部分については外交全体の問題として真剣に受け止め、迅速に改善していかなければならないと思っています。


 申し上げるまでもなく、上記のような考えによって私を含め外交が目標を軽んじていたということは決してありません。外交は全員「絶対目標を達成してやろう」という思いで目標に対して真摯に取り組んできましたし、言われたことは守ろうと努力してきました。しかしながら12月は、目標に届かない状態が続くと焦りが見えはじめ、気持ちばかりが先走って事務が追い付かなくなり、それを防ぐために新しいルールがどんどんできてしまい、そのせいで獲得のための行動が制限されてしまうということが頻繁に発生してしまいました。外交全然が自分で自分の首を絞めてしまうような悪循環に陥ってしまったことが、獲得を目指す上で大きな妨げとなったのではないでしょうか。


 事務速度と精度の向上は必須ですが、それにも限度があります。となると、現在の時間制限とルールの中では、一件当たりの単価を上げていく方法しかないのではないかというのが私の考え方です。そうなると、大口の契約が見込める保険の契約に力を入れなければならないと思ったのですが、それがうまくいかなかったことも、12月に目標を達成できなかった原因の一つであると考えています。
保険については、月の初めにはいくつかの見込み先を持っていました。しかし、顧客のニーズの確認や面談を重ねる中で契約に至れなくなるということが何度か続き、無駄な面談に時間を割いてしまうことへの怖れから、ひとまず保険より投信の目標を達成することに重点を置くことにしました。しかし結局投信の方に時間がとられてしまい、保険の獲得に手が回らない、月の後半になると帯同してもらう時間もなくなるという状況になってしまいました。


 また原因の一端には、世界経済の状況が芳しくなく、景気の見通しが非常に悪かったために、テレビや週刊誌でも日常的に投資信託の危険性が報道され、顧客の間に先行き不透明感や閉塞感が蔓延していたこと、私自身それを払拭できなかったこともあったのではないかと思います。投信の新規推進も思い通りにはいきませんでした。しかし、それなら尚更保険の獲得に注力すべきところを、無理に投信の目標達成に走りすぎたため、保険を推進できなくなり、そのためますます投信で獲得しなければならなくなるという状態になってしまいました。それゆえ、獲得できた分の投信の中には、時期的にまだではないかと思いながらも業績を優先するあまり獲得してしまったもの、形式上納得はしていただきながらも、私や銀行への信頼を裏切ることになるのではないかと危惧しながら獲得したものもあります。これは、顧客の利益をまず考える、できるだけ顧客に損をさせたくないという基本的な営業姿勢とも矛盾するものであり、大いに反省すべき点だと感じています。


 これは本質的な問題になってしまいますが、このような時代の流れや国際経済の変化を鑑みると、銀行の利益回収の構造自体を見直さなければならない局面に達しているということも考えられるのではないでしょうか。
 方法論とすれば、もっと効率の良い回り方や時間の作り方があったとは思います。指示されたこと、気づいたことから少しずつ変えていこうとする中で、大きく改善した点もありました。しかし銀行側と顧客側の認識の違いがある中で今までのやり方を急に転換することは難しく、まだ思い通りに時間をコントロールできているとは言えません。
 現在の国際経済の状況では、1月以降顧客の投信に対する需要が伸びてくるとは考えがたく、むしろ保険の獲得に力を入れることが肝要であろうと思われます。また終業時刻が早くなり外に出られる時間が限られてくる中で、時間をどのように作るかということも喫緊の課題です。事務処理の精度向上により無駄な行動を減らし、精度の高い見込み先のリストアップを行えるようにして預かり資産を獲得できるようにすること、そして獲得をしても時間に余裕をもって行動できるよう、自分の活動を自分自身でコントロールできるようにしていきたいです。


彼は結局、休みの間中ずっと文を練り続け、最終日に夜更かしをして大幅に手を加えるなどして、2500字以上の大作を仕上げた。



提出後、彼だけ支店長室に呼ばれるなどしてその内容について「そうか、そんな風に見えてるんか」「そう考えてるんか」など意見を伝える機会を持つことができた。


これを提出したことによって、些細ながらも、良いのか悪いのかわからないながらも、なにかしらの変化が現れてきたことが、彼の方向性を固めつつあるのだろう。


「黙っていても変わらない」


これは、銀行という小さな社会においても、その外に広がる大きな世界においても、同じなのである。