後期終わり

彼は、外交になって初めての年度末を迎えた。
彼の務める銀行は半期決算なので、決算を迎えるのは2回目だ。


彼は今期、1億1千万円の預かり資産販売ノルマに対し、1億3千万円の実績を上げた。


彼の所属する支店も様々な部門で健闘し、もしかしたら銀行の表彰を受けられるかもしれない、というところまでこじつけた。


しかし、ここまで来るのには様々な苦難があった。


ギリシャ問題などで市場が不安定になり、全く投資信託の取れない時期もあったし、大きな融資の話が他行に奪われたこともあった。

最後の最後に、追い込みで「お願い外交」をするのも、彼にとっては苦痛であった。

「お願い外交」とは、「お願い!つべこべ言わず投信買って!!」というスタイルで行う営業活動のことである。


彼がそんな営業スタイルについてぷちぷちと愚痴をこぼしていると、あるときこう言う人が現れた。


「投信買って利益を得る客はいないんですか???」


彼は言った。

「いえ、そういうことではないんです!」

と。


そして、ハッとした。
そうか、この感覚は一般の人にはなかなか伝わりにくいものなのかもしれないな。


いろんな人にできるだけわかりやすいように…と考えた結果、彼は以下のように回答した。


「投信で利益を得るお客も、もちろんいます。
本来、投信は自分で相場や先行きを考えて、リスクを理解し、銘柄を選んで買いたい金額だけ買うものなんです。
当然高い収益を望めばリスクも高くなります。
でも、銀行側には「○月×日までに□□万円を売りなさい」というノルマがあります。
そこで、銀行側が買ってほしい時に、買ってほしい金額(多くの場合できるだけ多く)を、さらには買ってほしい銘柄(手数料の高いもの=銀行の収益の多いもの)を買ってもらおうとする行為が発生するのです。
相場や銘柄の違いをよく分かっていないお客に対して、例えば「今は値段が高い時だから買わない方がいいな」と思っていても、それを隠してでもとにかく売らなければならない。そこに、「客の望まないリスクを負わせる」という状況が生まれてしまうのです。
そんなことは言語道断のコンプライアンス違反なのですが、どこの銀行も証券会社も黙認していると思います。
それでもお客が利益を得てくれればまだ気は楽なのですが、特に昨今のギリシャ問題などに代表される金融不安で、市場では何が起こるか予測ができず、損をする可能性がとても高いところに、より辛さを感じているのです。」

と。


ともあれ、彼もすっかりグローバリゼーションの片棒を担いで久しい。


もし支店が表彰を受ければ、彼のボーナスも少し上がる。

そしてそれが、彼の銀行員生活最後のボーナスになる。


いろいろなものを失って、金を得ることができるかどうか。

それでいいのか。